ヒーリング・アーツ/熱鍼法研究

かつて民間の療術として一大ブームを巻き起こすも、創始者の早すぎる死によって現在は一部のみに残り伝わった『平田式心療法』。これを『熱鍼法』という名のもと、様々な可能性の開花をもたらすヒーリングの術(アート)として研究・実践しています。

熱鍼法

音楽とのクロスオーバー

 ずっと、健康法や療術としての熱鍼法について書いてきましたが、熱鍼法の持つ可能性についても書いていきたいと思います。

 熱鍼法の刺激は基本的に全て皮膚表面に対して直接行ないます。
 その皮膚の部位と対応した内臓器官や症状に効果がある、ということに対して海外の先行研究を踏まえ独自の発見と分類を行なった平田内蔵吉の「平田氏十二反応帯」については、かなり大きなテーマですので後日あらためて触れますが、その熱鍼法の皮膚への刺激をクロスオーバーしていくと、音楽や映像といった芸術的な刺激に対してより細やかで鋭敏に開かれていく、という思わぬ体験が起こることがあります。

リンク:高木美佳先生のヒーリング・エッセイ『熱鍼法(後編)』


 私たちは現在の身体の状態で耳から入ってくる音を感じ、その入ってくる音量の範囲内でより細かく聴き分けたり、音の変化を味わっています。
 もっと強く感じたいという時には普通、「聴く」ということに集中したり、音自体のボリュームを大きくするという方法をとっていますが、もうひとつ、受け手である自分自身がより鋭敏に開かれる、ということによってもそれは可能です。
 熱鍼器によって耳を刺激すると、「耳の皮膚そのもの」に意識が灯ります。

 私たちが普段「意識できている」と感じている身体は、全体の中ではごく一部です。
 例えば腕の皮膚表面だけをとってみても、熱さ・寒さ、肌と服の間で生じるこすれや、筋肉の力感などのような実感できる感覚を中心に漠然と腕の感覚はあるかもしれませんが、腕の形が浮かび上がっているように立体的に意識できるでしょうか?

 熱鍼器で連続的に刺激を加えてラインを引いていくと自分の意識できている場所と場所の間に無数の刺激箇所、意識できていなかったポイントが存在しているのが実感できます。
 飛び石のように点在している意識のポイントの間が刺激され、そこが繋がっていくと、突如として立体的な皮膚の感覚が浮かび上がってきます。

 それが耳であれば、感覚はその場で立体の耳の形となって存在しているのが感じられることでしょう。
 その時、耳はこれまでは感じられなかったような立体感と共に音を感じ、細かな響きを受け取り、自分の内と外と皮膚自体を震わせる音を受け取るようになります。




※先日のヒーリング・ライブの一部が動画として公開されました!
 三代目春駒さんによる「フトゥヤラ」演奏にヒーリング・アーティスト高木美佳先生によるトルコの打楽器「クドゥム」が加わった特別セッション。
 
 






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ヒーリング・ライブ × 熱鍼法

 本日は、ヒーリング・アーティスト高木美佳先生のライブ(ゲスト 三代目春駒さん)に参加させていただきました。
 演奏と同時に熱鍼法も執り行っていくというクロスオーバーもあり、感性の開かれた状態での観賞は大変楽しく、心身に深く響くものでした。

 今回演奏されたものではありませんが、高木美佳先生の発表曲がこちらに。


 三代目春駒さんはフトゥヤラでの演奏。
 動画サイトに別のライブでフトゥヤラを演奏されている録画がありました。

 会場で生で聴く演奏では、高く澄んだ空に響き渡るように、深くこちらの心身にしみこんでくるような音を体感しました。


 「熱鍼法」と「感性を開く」という組み合わせに「?」と感じられる方もいるでしょうが、その関係については次回以降に書いていく予定です。


 



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 現在このBlogでは、熱鍼法(心療法)の創始者である平田内蔵吉に敬意を表し、彼という人物自身やその事跡を顕彰したいという気持ちから、平田内蔵吉と熱鍼法の歴史や変遷についていろいろと書いております。
 が、彼が当時提唱した治病を目的とする療術という範囲以上の可能性、現在の私たちが”ヒーリング”としてこの熱鍼法に強い魅力と可能性を感じているその内容、それらについての記事も同時に書いていきたいと思っています。




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熱鍼法の刺激感覚

 熱鍼法によって、施術されている者が感じる感覚・反応には一種独特のものがあります。

 他と比べて特に熱い、または痛いと感じる部分(知覚過敏帯)があればそこを特に刺激する、というのが熱鍼法のアプローチです。
 刺激の際の要訣として
・刺激する皮膚面に対し直角であること、
・先端を皮膚に食い込ませない

というものがありますが、これは人間の皮膚にある痛点や温点や神経の末端は、外界の情報を正確に受け取るため皮膚に対して直角に存在しており、それに対して一番最適に刺激するため、ということからきています。
 皮膚面に対して斜めであったり、食い込ませるように刺激すると、正しい刺激が伝わりません。
 必ず直角に接触すること私たちは「直交」と呼んでいますが、これは熱鍼法に限らず、どのような場合でも相手と正しく触れ合うための基本としております。

 さて、上記の要訣を守りつつ、特に反応がある場所を刺激すると、体が意志と関係なく自然にピクピクと反応したり、ビクンッと跳ねるような反応が起きる場合があります。
 熱鍼器は刺さらない程度ですが鋭く小さい先端を持ち、ヤケドが起きない程度の温度と接触時間で刺激するのですが、時と場合によってはまるで本当にその場に鍼が突き立ったような感覚や、ピリピリと電気を流されたかのような感覚が生じます。

 これまでにそういった刺激に驚いて、こちらの熱鍼器が実際に刺さっているのでは?あるいは電流が流れているのでは?と思わず確認された方もいましたが、温度を下げれば同じような刺激をしても決してそういった感覚が生じないこと、指で先端を触ると熱いだけで電流などは流れていないことを確認して納得していただいたこともあります。
 熱鍼器の先端が丸かったり、温度が低ければ決してそのようなことが起こらないことは、不思議でもあり面白いことでもあります。

 
 昭和5年の『平田式心療法』の図版。
 この後改訂のたびに刺激部位をはじめとして実行要領の書き換えが行なわれましたが、この刺激の際の注意事項は最初から最後まで変更されませんでした。

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平田内蔵吉について(2)

 哲学科に転籍した平田内蔵吉はその時には結婚していましたが、当時自分の義母にあたる妻の母親が胆石痛で苦しんでいました。
 医師の治療を受けたのですがなかなか回復せず、最終的に当時民間療法として普及していた「加藤式無痕灸」を薦められ試みた所、 二週間ほどで痛みがとれてしまいます。

 驚いた平田は、その後は実験心理学で使われた温点検査器と同じ形の機器を自作して検証を始め、義母の胆石痛の再発のたびにその効果を確認してゆくこととなります。当初は平田自身を含めて半信半疑で施術を執り行なっていたということなのですが、繰り返し示される結果に、その大きな可能性への確信を深めてゆきます。

 もともと彼は、中学時代(現代の学制で高等学校にあたる)から様々な健康法・強健術・精神療法に興味を持っており、精神と肉体の深い関連性とその統合を希求する気持ちの強かったようです。
 その想いの深さゆえに医学から哲学へと専門の興味を移しましたが、この出来事から俄然、医学への興味と情熱を取り戻し、京大の哲学科を卒業後、再び医学を学ぶために京都府立医科大学に入りなおすという行動に出ます。

 医大において西洋学を学ぶ一方、東洋医学の研究を深めていくことになりますが、その結果、昭和5年に彼の提唱する「心療法」が雑誌で発表され、ついで『平田式心療法 ―熱鍼快癒術』が発刊されたことで一躍世間にその名を知られることになりました。

 出版された『平田式心療法 ―熱鍼快癒術』。箱入り本。
 熱鍼法3

































 箱の中には書籍と一緒に付録として施術用の「心療器」が入っており、購入した者は実際に自分で施術することができました。
熱鍼法2


 

















 ここにあるものには心療器本体は入ってはいませんが、図のような形状をして施術するものだったようです。鉄製で、筒の中にアルコールを染み込ませた石綿を詰めて火を点け、器具が充分熱せられた所で火を消して患部を刺激していく、という使い方が書かれています。

平田内蔵吉について

 平田内蔵吉(1901-1945)の生涯については、壮神社から出版されている久米建寿先生の著作、『東洋医学の革命児 ~平田内蔵吉の生涯と思想・詩』に詳しい内容が綴られています。

 東洋医学の~
 ここに出てくる平田は、まさに異色の人物です。

 詩人であり、体育研究家であり、科学史家であり、宗教的求道者であり、易占家――とは『東洋医学の~』に書かれている彼の様々な側面で、それぞれに独自の高い境地にあったことを示す資料が残っています。
 しかし彼が生涯を通じて追求し、現在にもその名が残る成果は、東洋医学の療術でありその研究でした。

 播州赤穂(兵庫県)の地の薬種商の家に生まれましたが、その優秀な頭脳により親族の期待を一身に背負い、鹿児島の第七高等学校の理科から京都帝国大学の医学部に進みます。
 ところが彼はもともと哲学・思想・精神というものに強く惹かれるものを感じていたらしく、突然に哲学科に転籍してしまいました。

 とはいえ科学に対する興味を完全に失ったわけではなく、そうして西田幾多郎や田辺元のもとで哲学を学ぶ一方で、当時の実験心理学の実習にも参加していたそうです。
 この実験心理学で扱われる温点感覚検査器が、後の熱鍼療法の機器として用いられることとなりました。



 


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熱鍼法とは?


 かつて、西洋医学と東洋医学を統合した総合医学を志した人物がいました。

 彼の名は「平田内蔵吉(ひらたくらきち)」


 数々の発見や研究を行なった彼の功績は、現在でも日本の東洋医学の世界で「平田氏帯(平田式十二反応帯)」の発見者として目にすることが出来る。
 彼はあらゆる人々が簡便に健康を得、さらには強健を得るための療術として、鍼の痛覚刺激と灸の温熱刺激を併せ持つ画期的な療術法として「心療法(平田式熱鍼法)」を創始しました。


 私たちは彼の研究を問い直し、健康を、美容を、運動を増進するものとして実に画期的でユニークな存在であることを再発見し、これの施術・普及・研究を推進しています。


 前述したように、もともとは「心療法」という名称でしたが、現在の医療の分野の名称に「心療内科」というものがあり紛らわしいため、私たちはこれを区別するために「熱鍼法(ねっしんほう)」と呼んでいます。


 このBlogでは平田内蔵吉や熱鍼法を中心に、様々なヒーリング・アーツについて触れていきたいと思います。



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 現在山口・広島での施術希望に応じております。
 そちらの要項はこのBlog内に記事がありますので、このリンク先を参照されて下さい。 

 また、山口・広島以外でも熱鍼法を研究している仲間たちの研究会で体験できる機会がありますので、まずはお問い合わせ下さい。(現在は名古屋で研究会の予定がありますが、こちらは日時や参加費、他の研究メニューの中の1つとして扱われていますので、担当者にご相談下さい)
<ヒーリング・アーツ研究会>内スケジュールへのリンク





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