ヒーリング・アーツ/熱鍼法研究

かつて民間の療術として一大ブームを巻き起こすも、創始者の早すぎる死によって現在は一部のみに残り伝わった『平田式心療法』。これを『熱鍼法』という名のもと、様々な可能性の開花をもたらすヒーリングの術(アート)として研究・実践しています。

平田式心療法(熱鍼法)、登場!

 こうして世に現れた『平田式心療法 ― 熱鍼快癒術』だが、彼が学び検証していく過程で身につけた理論とデータの提示、またその一方でシンプルかつ効果的な施術方法、そして平田内蔵吉自身の求道者的姿勢もあって、一躍大ブームとなります。


 実施方法は器具さえあれば誰にも可能なものであり、施術器具である心療器の先端にアルコールを含ませた石綿を詰めて発火、器具先端の外壁が適温になったらそれを使い、病者であれば各症状に対応する刺激部、健康な者であれば適宜全身の任意の場所を刺激します。
 刺激の際の要求も、「皮膚面に対して必ず直角」「先端を皮膚に食い込ませない」「刺激速度は1秒で2~3回」とごくシンプル。

 特にどこを刺激すればよいか分からなければ、とにかく全身を刺激。
 他と比べて特に熱い、または痛いと感じる部分(知覚過敏帯)があればそこを多く刺激してやればよい、というのだからまさに万人のための療術でした。


 心療器(熱鍼器)の画像。
 当時の実験心理学の検査に使われた温点検査器具を簡易にしたつくりのものであったようです。

熱鍼器2



 上の画像は、たにぐち書店から復刻された現在も入手可能な『平田式心療法 ― 熱鍼快癒術』の表紙の一部。
 今後触れる予定であるが、発刊後も平田氏帯(平田式十二反応帯)の発見など重要な追加があり、昭和9年と昭和12年の2度にわたって改訂がなされています。
 こちらの復刻版は昭和12年の第2次改訂版からおこされています。
 
熱鍼器1


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平田内蔵吉について(2)

 哲学科に転籍した平田内蔵吉はその時には結婚していましたが、当時自分の義母にあたる妻の母親が胆石痛で苦しんでいました。
 医師の治療を受けたのですがなかなか回復せず、最終的に当時民間療法として普及していた「加藤式無痕灸」を薦められ試みた所、 二週間ほどで痛みがとれてしまいます。

 驚いた平田は、その後は実験心理学で使われた温点検査器と同じ形の機器を自作して検証を始め、義母の胆石痛の再発のたびにその効果を確認してゆくこととなります。当初は平田自身を含めて半信半疑で施術を執り行なっていたということなのですが、繰り返し示される結果に、その大きな可能性への確信を深めてゆきます。

 もともと彼は、中学時代(現代の学制で高等学校にあたる)から様々な健康法・強健術・精神療法に興味を持っており、精神と肉体の深い関連性とその統合を希求する気持ちの強かったようです。
 その想いの深さゆえに医学から哲学へと専門の興味を移しましたが、この出来事から俄然、医学への興味と情熱を取り戻し、京大の哲学科を卒業後、再び医学を学ぶために京都府立医科大学に入りなおすという行動に出ます。

 医大において西洋学を学ぶ一方、東洋医学の研究を深めていくことになりますが、その結果、昭和5年に彼の提唱する「心療法」が雑誌で発表され、ついで『平田式心療法 ―熱鍼快癒術』が発刊されたことで一躍世間にその名を知られることになりました。

 出版された『平田式心療法 ―熱鍼快癒術』。箱入り本。
 熱鍼法3

































 箱の中には書籍と一緒に付録として施術用の「心療器」が入っており、購入した者は実際に自分で施術することができました。
熱鍼法2


 

















 ここにあるものには心療器本体は入ってはいませんが、図のような形状をして施術するものだったようです。鉄製で、筒の中にアルコールを染み込ませた石綿を詰めて火を点け、器具が充分熱せられた所で火を消して患部を刺激していく、という使い方が書かれています。

平田内蔵吉について

 平田内蔵吉(1901-1945)の生涯については、壮神社から出版されている久米建寿先生の著作、『東洋医学の革命児 ~平田内蔵吉の生涯と思想・詩』に詳しい内容が綴られています。

 東洋医学の~
 ここに出てくる平田は、まさに異色の人物です。

 詩人であり、体育研究家であり、科学史家であり、宗教的求道者であり、易占家――とは『東洋医学の~』に書かれている彼の様々な側面で、それぞれに独自の高い境地にあったことを示す資料が残っています。
 しかし彼が生涯を通じて追求し、現在にもその名が残る成果は、東洋医学の療術でありその研究でした。

 播州赤穂(兵庫県)の地の薬種商の家に生まれましたが、その優秀な頭脳により親族の期待を一身に背負い、鹿児島の第七高等学校の理科から京都帝国大学の医学部に進みます。
 ところが彼はもともと哲学・思想・精神というものに強く惹かれるものを感じていたらしく、突然に哲学科に転籍してしまいました。

 とはいえ科学に対する興味を完全に失ったわけではなく、そうして西田幾多郎や田辺元のもとで哲学を学ぶ一方で、当時の実験心理学の実習にも参加していたそうです。
 この実験心理学で扱われる温点感覚検査器が、後の熱鍼療法の機器として用いられることとなりました。



 


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施術について

 熱鍼法研究会では、現在山口・広島の地で熱鍼法の施術を受け付けております。
 現在料金体系は以下の内容のものになっておりますのでご注意下さい。

 施術 4000円 (約60分)
 
 65歳以上の高齢者、介護業務従事者は施術半額


 広島以外でも有志が活動をしているため、そちらとコンタクトが可能です。
 まずはお気軽にご連絡下さい。

トータル・ヒーリング・アソシエイツ

受付時間 24時間 予約制
mail: miti_ken@yahoo.co.jp

 熱鍼法自体の具体的内容については、今後の記事で詳細に触れていく予定です。



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熱鍼法とは?


 かつて、西洋医学と東洋医学を統合した総合医学を志した人物がいました。

 彼の名は「平田内蔵吉(ひらたくらきち)」


 数々の発見や研究を行なった彼の功績は、現在でも日本の東洋医学の世界で「平田氏帯(平田式十二反応帯)」の発見者として目にすることが出来る。
 彼はあらゆる人々が簡便に健康を得、さらには強健を得るための療術として、鍼の痛覚刺激と灸の温熱刺激を併せ持つ画期的な療術法として「心療法(平田式熱鍼法)」を創始しました。


 私たちは彼の研究を問い直し、健康を、美容を、運動を増進するものとして実に画期的でユニークな存在であることを再発見し、これの施術・普及・研究を推進しています。


 前述したように、もともとは「心療法」という名称でしたが、現在の医療の分野の名称に「心療内科」というものがあり紛らわしいため、私たちはこれを区別するために「熱鍼法(ねっしんほう)」と呼んでいます。


 このBlogでは平田内蔵吉や熱鍼法を中心に、様々なヒーリング・アーツについて触れていきたいと思います。



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 現在山口・広島での施術希望に応じております。
 そちらの要項はこのBlog内に記事がありますので、このリンク先を参照されて下さい。 

 また、山口・広島以外でも熱鍼法を研究している仲間たちの研究会で体験できる機会がありますので、まずはお問い合わせ下さい。(現在は名古屋で研究会の予定がありますが、こちらは日時や参加費、他の研究メニューの中の1つとして扱われていますので、担当者にご相談下さい)
<ヒーリング・アーツ研究会>内スケジュールへのリンク





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